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2011/04
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ハッピーバースデー♪
4月29日(金)♪

本日いつの間にか「昭和の日」になってしまいましたが、
思いっきり昭和の女であるまーちゃんの誕生日
ひた隠しに隠してきた歳もばらしてしまったので、
大きな声で「43歳のお誕生日おめでとう
と言って下さい

今日は震災日記はやめて、記念すべき今日のご報告を!

大阪の母ちゃんから癒しのお花が届きました(*^^*)

父ちゃん&母ちゃんありがとう!
可愛い花を眺めると疲れも取れますね!
満面笑顔の私に対しナナさんムッツリしてますが、
大切な記念日なんで、ナナにもキレイになっていただこうと、
地震以降初めて、今日はおうちでシャンプーの後だったのです☆

「何故あたちが…?

何故かと言うと!
夜はナナさんお留守番で、
旦那さんに知り合いのお店でお祝いしてもらう事になってたから
ホントに久々の外食ディナーです

仙台市青葉区にある“ROTI”さん、震災後グローズしてたのが、
昨日28日からオープンしたとのこと(^^)
早速お邪魔させていただきました☆

美味しい食事とステキなサービスで大満足♪

最後のデザートにこんな素敵な演出まで

旦那様、大変な時に素敵な一日をありがとう
明日からまた頑張ります!!

さて、だんだんお腹も大きくなり‘ボテ腹’のワタシですが、
今の洋服は優秀で、妊娠してるとなかなか気付かれません!
会社の人もまだ知らないかも…
(年齢的に太っただけと思われてる可能性も)


でもさすがに今夜は食べすぎたのか、
ほんとに破裂しそうなお腹です!
ベビーちゃんも、大満足かしら?

「まーちゃん、でかくないですか?

幸せな一年でありますように☆
そして来年は3人とナナでハッピーにお祝いできますように☆
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3月27日 ガスの復旧!
この頃はガソリンは相変わらずの行列でしたが、
食材などは、運がよければ肉や野菜も手に入るようになりました!

東京の水道水で放射性物資が検出されたとニュースになり、
距離の近い仙台ではどうなのかと、不安になりましたが、
離れた家族や友達が品薄のはずの水を送ってくれたりしました。

何度も言いますが、本当にこういった遠くからの励ましのメールや言葉、協力が、
精神的にもとても大きな支えになりました。

ある友達は、何かできる事はないかと、
私たちの事を思いチャリティーコンサートに参加したよ、
と励ましてくれました。
ある友達は、水やトイレットペーパー、非常食やガスボンベなど、
あったらいいなを山ほど送ってくれました。
人間が食べるお菓子だけでなく、
ナナへのフードやおやつなどを送ってくれたり…
そんな物資を選んでくれたり、荷造りしてくれてる姿を思うと、
物を受け取った嬉しさより、
みんなの愛情をいっぱい受け取った喜びで満たされました。

ず~っと話していなかった友達や先輩方から、
たくさんの連絡をいただきました。
中学を転校して以来、
年賀状のやり取りぐらいしかしていなかった友達が、
泣きそうな声電話をかけてきてくれて、
無事を喜んでくれたり…。

私は一人ではないのだと、助けてくれる仲間がいっぱいいるのだと、
私たちだけで頑張っているのではないのだと、
いっぱいいっぱい感じました。

さて、嬉しいニュースがありました!
この日、私たちの住んでいる地域のガスが復旧するということです☆
全国からガスの復旧作業員が集まって下さっていると聞きます。
町の中を東京ガスの方がウロウロされてました。
「早くウチにもこないかなあ…」

ところが待っていてもなかなかヒーローは現れず夕方になり、
あら、ウチは外れちゃったのかしら?
と不安になって、ナナと一緒にガス局の人を探しにでかけてみました!

一人東京ガスのお兄さんを捕まえて聞いてみても、
救援部隊の方は全体の事はわからないようでした。
アスティ&ロッシに付き合ってもらいながらウロウロしてると、
仙台ガス局の方がいらっしゃったので聞いてみると、
今日中に開栓されるとのこと♪

やったあ)^o^(

直後、留守番の旦那さんから
「ガス来たよ!」と連絡が(^^)

作業員の方々が神様のように見えました☆☆☆

アス家銭湯で2~3日に一回はお風呂をいただいていたけど、
それでも、家のお風呂に久々に入り何度もカラダを洗うと、
洗う度に垢が出るんですね~^_^;
毎日お風呂に入れるってありがたい!

津波の被害で下水処理場が大打撃を受け、
汚水処理が機能していないといないうことで、
節水への協力は現在でも続いています。
(トイレの水は極力流さず、紙はトイレに捨てないとか、
洗い物は貯め水、お風呂の水は再利用するなど。

でも、やっぱり日常のリズムに戻ると希望が、
そして明日も頑張ろうとエネルギーがまた湧いてきます。

(だから、避難所生活をされている方々の
ライフラインの復旧、仮説住宅等の住居の用意、
一刻も早く実現して欲しいと思います!
いつまでこの被災生活が続くのかという不安が、
一番疲弊を招いたように感じました。)

ウチにガスが通ったことで、新たな希望が芽生えました。
仙台の街中も思ったより早くガスが復旧するかも!
そうすれは、店も大きな打撃は受けなくても済むかも…

私たちが元気になると、ナナも元気が増します。
皆さんの支援物資のおかげで、ナナの食事も通常に戻ったこともあり、
目に力が出てきました!
希望に溢れる日曜日でした☆

「ああ、お風呂は気持ちええわぁ♪」


もちろん、最近撮ったイメージ画像です。
ナナはお風呂に入ってません。
ナナのヘン顔でした(^^ゞ
3月23日 嬉しいこと!
日に日に落ち着いてくる中、
通っている産婦人科に連絡がつきました!
予約はできないけど、病院に午前中に行けば検診は受けられるとの事!

足がなかったのですが、タクシーは動き出していたので、
タクシーで病院に行きました!

たくさんの妊婦さん達で溢れていました。
みんな不安な日を過ごしていたんだろうなあ…

そして検診!
問題なくベビーちゃんは育ってました(*^^*)
ワタシの体重は減っていたけど、
もともとチョイ増えぎみだったので、問題なしと!

ホッとしながら、バスで帰ろうとすると、
病院の近くのガソリンスタンドに行列があったので、
スタッフらしいお兄さんに話しかけてみました☆
すると軽油は入れられそうだし、
カード払いだと満タン入れられると!
旦那さんがバスと電車で出勤してたので連絡を取り、
仕事終わったら合流して待つのを交代できそうだからと、
その行列に並ぶことにしました。
一度家に戻りナナを連れて、
長く並ぶ事も予想し、お茶や食料を詰め込んで出動!

行列の最後尾まで2~3キロぐらいだったのかな?
ナナも久々のランクルちん出動が嬉しかったのか、
ずっと窓の外に顔を出してました!
ワンコも気分転換が必要!?(^_-)

一時間ほどで旦那さん合流。
実はウチの車の2台ほど後に
「本日終了」の貼り紙をした車がいたそうです(*_*)危なかったんだあ^_^;

わりとスカスカ進み、2時間かからず満タンゲット!
ひと安心の瞬間でした♪
何かの時に動ける安心感はとても大きなものです!

よしよし、お腹のベビーはなかなかいい運を持っているかも!

それにしても、普段ならガソリン入れるのに
二時間も並ぶなんて考えられないし、特に行列嫌いの私たち、
幸い東京のような大都会に住んでいないので、
ちっちゃな行列も避けるタイプだったのに、
二時間なんてあっという間に過ぎた感じでした…

この後も色々考えられない所で並んだり待たされたりするのですが、
そんな事にあまりストレスを感じず、
喜んで待っているというのが、不思議でした!

やっぱり「少しずつでも前に進んでる」
と感じられる事が嬉しかったのかもしれないですね!


仙台では、ありがたい事に着々と復旧が進んでいます。
今日(4/25)はトラブルがありながらも、
東京~仙台の新幹線開通!
街を歩いても、所々で傷痕はありますが、
以前の雰囲気を取り戻しつつあります。
学校も入学式などが次々行われて、
新しい制服に身を包んだ初々しい新入生が元気に闊歩していてます。
やっぱり春はこうでないと…

しかし、昨日少し車を走らせましたが、
報道でも言われているとおり、
宮城でも復興どころか復旧の目処がたたない所も多く、
また、被災したそれぞれの県が画くの復興への道のりも、
それぞれの視点があり、まとまっては来ないようですね…

この中で、自分に何ができるか何をすべきか、
みんなが考えていけるようになりたい。

そして、他人任せな考えで申し訳ないのですが、
誰かが強烈なリーダーシップを発揮して
日本全体が前へ進むための第一歩を先導してくれる事を願うばかりです。

ちっちゃい嬉しい事は、いくらでも転がっているのですが(^^)

昨日も桜を探してみました♪



あらら、お花が全部ナナの方を向いてしまってました!
ナナのニコ顔があれば幸せか(*^^*)
3月20日 両親大阪へ!
あっという間に10日ほどが過ぎました。
15日に水道口からチョロチョロと水が出始め、
この日には水は完全復旧!
蛇口から水が出るってありがたい!
トイレの水も流せる!
そんな感動してました。
この震災に合って普段何気なくしている事が
どんなにありがたいか、身に染みてわかりました。
インスタントラーメンって、こんなに美味しいんだ!
何年ぶりかに食べた魚肉ソーセージってイケるね~!
って感じです(^^)

近所のおうちにはオール電化が多く、
みんながお風呂入りに来てね!と言ってくれました。
ワタシは遠慮なくアスティ家銭湯☆にお邪魔させていただきましたが、
両親は遠慮して、
旦那さんは会社の従業員が入ってないのに自分だけ入るのは…
とガマンしていました。

本当は14日には大阪に帰るはずだった両親ももちろん帰れず、
薬を常用している父は、こんな事予想していないので、
ピッタリの量しか持ってきていませんでした。
薬は旦那さんがすぐに病院を探してくれて、
一週間分の薬を手にいれる事ができましたが、
両親は食事が少ない中、ワタシに食べさせようとあまり食べず、
いつか倒れてしまうのでは…と気になります。
早く大阪に返してあげなければ!
でもどうやって帰れるんだろう?

電話が大分繋がるようになっていたので、
今回の仙台旅行をアレンジして下さった旅行会社の方や、
今は神戸にいらっしゃる旦那さん姉さんが、
山形経由での飛行機を一生懸命探してくださいました。

初めは3月末まで帰れないと言われてたのですが、
あらゆる手段を一生懸命探してくださったのでしょう…
旅行会社の方が、20日には大阪に帰れる手配をしてくださいました。
最初は山形から鶴岡にバスで、鶴岡から新潟に電車で移動し、
新潟→伊丹の飛行機に乗るという、
ハードな旅程で、この混乱期に心配でしたが、
出発間近になり山形→伊丹の飛行機をなんとか押さえて下さったのです!

ここにいる間、60歳を過ぎた両親が、
寒い中色んな行列に並んでくれたり、
重い水を運んでくれたり、部屋を片付けてくれたり、
そして夜は一緒にお酒を飲んで語り合ったり、
どんなに心強かったか!
(ワタシはキーキー文句言ったり、怒ったりしてしまってましたが^_^;
ごめんなさいm(__)m)

19日に仙台から山形に出発!
ガソリン不足で送ることもできず、家からの見送りになってしまいました。
食事も食べれるかわからないので、おにぎりだけを持ってもらって。。。
でも、順調に移動でき、一泊した山形のホテルでお風呂にも入れたみたいです。
ひとつ、ホッとしたニュースでした☆

父ちゃん、母ちゃん、今度は大阪からの支援をよろしくお願いします!

さて、心配だったナナはすこぶる元気で、
17日にアン先生の所に行って診ていただき、
「この様子だともう点滴の必要ないね!」と、
点滴の針を外してもらえました。
ナナがいつも食べている処方食も先生の所にあって、
ただ、みんなでシェアする必要があったので、
500グラムだけ分けていただきました。
これだけでも近所の友達からから分けてもらったのと混ぜれば
何日かは大丈夫!

しかも、支援物質も日本郵便の小包なら何日かかるかわからないけど、
家まで配達してもらえるようになっていました。
なあちちゃんのご両親がすぐに人の食事を送ってくださり、
その後獣医さんの所に行ってナナのフードも手にいれてくださいました。
ああ、それが届けばナナもひもじい思いはしなくて済むようになる!

その他にも友達や親戚と連絡が取れるようになり、
東京のペットを飼ったこともない友達が、
何軒も獣医さんを回って、やっと手にいれてくれたり、
ネットで一度大阪に取り寄せて送る手配をしてくれたる友達もいました。
大阪の両親が大阪に帰ってから、
やはり獣医さんの所に行ってくれて、
事情を話すと、在庫がなくてすぐには渡せないからと、
病院にあったサンプルを全部下さったそうです。
本当に優しい人がいっぱいで、ナナは幸せだね!
アン先生にも言われたのですが、
わからないことだけど、ナナが倒れた時、もしそのまま放っておけば、
命を落とした可能性もあったし、
この子が持っている運が本当にいいものなんだと思う…
本当にありがたい、素晴らしい友達がいっぱいいて、
ナナ良かったね!

そして、お腹の赤ちゃんもそうです!
横浜の叔母が、品不足になっているあちこちの店を回ってくれ、
必要な物や、カルシウムやたんぱく質の元、
私の嗜好品(カフェインレスのコーヒー、やハーブティーまで!)を
郵便で送ってくれました。
弟一家や近所の友達も、
牛乳や野菜を手にいれて分けてくれたり、
パンを焼いて届けてくれたり…
みんなの愛に守られて、きっと元気に育つだろう…
そんな安心感が芽生えました(*^^*)

ちなみに、私たちは阪神大震災の年に結婚して、
この東日本大震災の年に出産予定…
あまり嬉しくないですが、どうも地震と縁があるみたい(-_-;)

この時はまだ産婦人科と連絡がつかず、
検診予定日を過ぎていました。
ガソリンもまだまだ入れられる様子がなく、
(友達は15時間並んで入れたとか!)
不安ももちろんありましたが、
前に進んでいるって実感を持てるようになっていた頃です!


↓↓は大震災当日の12時頃、秋保大滝で撮った父母とナナの写真です。
まさかこの後、被災するとは夢にも思っていない時間でした(+_+)

地震当日の秋保大滝です。。。

テーマ : ゴールデン・レトリーバーとの生活
ジャンル : ペット

3月14日 福島原発
通電した事により、大きなテレビを見る事ができました。

それまでは携帯のワンセグなどの小さな画面で
電池量を気にしながらの情報集めでしたが、
テレビの画面で流れる様子は、
本当にこの近くで起こっている事だとは思えないような事ばかりでした。

地震前日に大阪の両親を迎えに行った仙台空港は津波で壊滅状態…

ご存知のとおり釣り好きで宮城から福島の海岸線は行き着くした私たちにとって、
見たことのある身近な景色の変わり果てた姿に愕然とし、
また、家や家族の方を流されてしまった方々の心を思うと、
言い様のない悲しさと恐怖が押し寄せてきます。

それと同時に、この映像を見続けていた離れた親戚や友人達が
どれだけ心配してくれているか!

電気が戻ってもパソコンは使えず、
電話もまだまだ繋がりにくい状態が続き、
思ったようには連絡が取れません。
後で大阪の両親は、
一緒に被災して状況をわかっていただけ、良かったかも…
と言っていました。

電気が通った事と、大きな余震が来る確率が
当時は低くなっていたことで、
旦那さん母さんと弟一家は自宅に戻る事になりました。

大阪の両親と私達での生活が始まりました。
4人になったとはいえ、食料はやはり乏しい状態は変わりません。
(この時期体重は2~3キロ減っていました。今はすっかり戻ってますが^_^;)
近所のスーパーは去年一軒閉店してしまい、
コンビニと本当に小さなマーケット、ドラッグストアがあるだけでした。
それでも両親がコンビニに並んでくれて
お弁当を手に入れてくれたりしました。

あとはご近所さんの友達がお互い助け合って、食材などを分け合ったりしたました。
特に親しい友達にだけ、妊娠の話をしていたので、
「妊婦は食べないと!」
と、納豆とか牛乳など貴重な食材を持ってきてくれたりしたのです。
本当に感謝、感謝です!
こんなご近所同士の助け合いは、物資が安定するまでずーっと続きました。
どんなに心強かったことか!

「復興を目指す!」
明るい未来に向けて積極的に進みたいところでしたが、
やはり福島原発の事故が影を落としました。

当時は正確な情報が少なく、仙台はどうなのだろう…
当然の心配事でした。
福島第一原発から100キロ以上は離れていますが、
不安を煽るチェーンメールなどで、
新たな見えない恐怖に苛まれ人も少なくないと思います。
町から子供の姿がなくなりました。
できるだけ外に出ないようにしていたのでしょうね。
妊婦のワタシはどうすれば?

色々な情報を集め、あまりナーバスになり過ぎないないよう努めました。
極度の不安からストレスを貯める方が赤ちゃんにもよくないと思ったからです。
「大丈夫」と言われているから、大丈夫なんだろう。
万一何か大変な事が起こったら、それは私たち家族の運命なんだろう…
多分、私達は守られているから大丈夫。。。
そう思う事にしました。

ただ、この原発事故により日本の経済は停滞し、
被災地の復興は物凄く遅れる事になるだろう…
仙台からも人は逃げ出して行ってしまうのかしら?
会社はどうなるんだろう?
考えても仕方ない事を考えてしまうのでした。
でも、ただ前に進むしかないのです。

復興中の仙台駅
画像は4月16日に撮影した仙台駅の様子です。
全線再開が待ち遠しいですね!

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ジャンル : ペット

お花見

この何日かの暖かさで、仙台の桜も一気に見頃を迎えました
毎年春を迎えに行っていましたが、
今年は昨日の仕事帰りに雷神山に足を伸ばしました。
サンドイッチを頬張りながらのお花見です

春の光を浴びると元気になりますね
家族連れの子供たちも元気に走り回っていました



テレビなどでよく言われていますが、
被災地の事を思い自粛ムードになり、
引きこもり気味になっていらっしゃる方もいると聞きますが、
元気な地域では元気に活動していただき、
その元気を分けていただいた方が、私達も頑張れる気がします

皆さんの元気をお届けください

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3月13日 ナナ倒れる


(画像は最近撮ったイメージ写真です。)

朝、いつもよりはや目に旦那さんと弟君が出勤のため、
早くに起きて、まずは送り出す準備。

ナナも早くに起き、みんなが集まってくると興奮!
そんなナナを見ながら、全く無視してチャカチャカ支度し、
旦那さんと弟と、昼間の間だけ自宅を片付けたいという
旦那さん母さんを送り出しました。
ガソリンの問題でランクルちんの出動でした。

朝になると、やはり庭の水以外は完全にストップ。
その庭の水も細ってきました。
ああ、やっぱり水は貯めとかなきゃ~!

なあちちゃんがいてくれたので、朝食前、なあちちゃんと色々相談。
ナナは大阪の両親と子供らと一緒でした。

リビングから「ナナいつもこんなんするの~?」
と聞かれても、かまわず無視してました。

リビングに戻るとどうもナナの様子が変…
ペタンと脚を伸ばしたフセ状態でしたが
立ち上がろうとしてるのに動けない様子!

「あれ、ナナどうしたん?」
なんだか痙攣したような感じで、そのままの体制でゲロっと吐きました。
起こそうとしても、起き上がれず、
そのまま失禁して横たわり動かなくなったのです。

え?!

もう私はパニックです!
情けない事に子供らに
「ナナに何かしたん?!」と詰問してしまう始末(+_+)

電話はどこにもつながらないし、車もない。
病院なんてやってるのかもわからない…

「ナナ、ナナ!」と呼んでも全く動かず…
「なんでこんな時に!」

最悪の事を考えました。

ナナはこのまま死んでしまって、お腹の子もストレスでダメになるにちがいない!
せっかくみんな無事だったのに、最悪の結末だ。
これからの幸せなはずの人生に、ナナがいなくては意味がない。

茫然としていてもナナが起きるはずもなく、
アスティママに助けを求めることにしました。

「走ったらあかんよ!」
そんな母の言葉を後ろに聞きながら、歩いて2~3分ほどの距離を走らずにはいられず、
アスティ家のドアをドンドン叩きました。
まだ早い時間でまだパパもいておでかけ準備中だったけど、
事情を話してアスママに車を出してもらうことに。
いつも行く病院はかなり遠く、また地震被害の状況もわからなかったので、
近所のいつもお薬や注射をお願いしている先生の所に向かいました。
先生がいらっしゃるかもわからず、
また病院のドアをドンドン叩いて先生を呼び続けました。

諦めようかと途方に暮れそうになった時、
アン先生が出て来てくださったのです。
ナナの事はちっちゃい頃から知ってくださっている先生で、
「ナナが倒れたんです!」
と言うと、すぐに聴診器を持って一緒に家まで来てくださいました。

ナナは全く動かず、同じ状態で横たわってました。
でも、アスママと先生を見て少し動こうとしたのですが動けず。

先生が脈を取ったり聴診器を当てたりして診てくださいます。
脈が飛んでいて、手足が冷たくなっていたようで、
おそらく血栓ではないかということでした。

何かの原因で血が巡らなくなってしまってるというのです。
誤飲や腸捻転ではなさそうだとのこと。
万一そうだと、手術が必要だが、電気も水もない状態では無理。
お腹の膨らみがなく痛がらないので、大丈夫だろうと・・・
ただ、ちゃんとした検査をしたりする器具は停電で使えないため、
まず点滴を打って収縮した血管を広げましょうという事でした。

なんだか涙が出て止まりませんでした。
ナナごめんね、頑張って…そう祈るだけでした。

ナナは動けないので、シーツをタンカー代わりにして運ぼうという事になり、
ナナを動かそうとした時、ナナが支えられながらだと座る事ができました。

先生が「これなら僕が運びます。」
と、オシッコまみれの30キロのナナを抱えて運んでくださったのです。

そしてアスママがそんなナナを一緒に車で病院まで!
なんてありがたい事でしょう!

病院に着くとナナは気を失った状態では無くなっていました。
看護婦さん達を見てシッポを振る力が戻ってました。

被災した看護婦さんたちが医院に避難してきていたらしく、
待合室で朝食準備の途中だったようです。

それなのに、すぐに点滴の準備をして下さり、
点滴が始まりました。

待合室の床に私がナナを抱えて座り点滴を打つ状態です。

点滴が始まると最初おとなしくしていたナナも、
モゾモゾ動き始めました。
お尻が痒いのか、お尻を床ににこすりつけ始め、
次は耳もこすりつけようとします。
さっきまで動かない事を心配していたのがウソのように、
ジッとしていられないようでした。
なんでも、縮んでいた血管が一気に開くことで、全身に痒みが生じるらいいです。
冷えきったカラダで熱いお風呂に入るとジンジンするのと同じ原理だそうです。
私に痒いのなんとかしろと文句を言うほど、
ナナはみるみる元気になり、目に力も戻ってきました。
ああ、一命は取り止めたんだ…
痒がるナナはかわいそうだったけど、ひとまず安堵感でいっぱいになりました。

点滴が終わると、ナナは自力で歩けるようになり、
迎えに来てくれたアスママの車に自分で乗る事ができるほどでした。

先生から精密検査はできないし、原因も特定はできないが、
この様子なら大丈夫でしょうと言っていただき、
念のため点滴の針は残して家に帰りました。

ナナはもちろん本調子でなく、
汚れた所を拭いてあげたりしようとすると、横になりたがります。
でも、自分で階段を上がり、おやつも催促するぐらいになりました。

「ゴハンはあげてもいいけど少なめ、今日はゆっくりさせてあげてください」

先生の言葉に従うのと、
私も一度ナナの死を覚悟し、助かったという安堵感から疲れが極限に達し、
心配して待ってくれていた両親となあちちゃん、Kai&Yumeに
「悪いけど今日は二人にさせて…」と
一階で過ごしてもらうようお願いしたのです。
なんて勝手な自分だろうと、自己嫌悪に陥りながら…

よく考えるとナナが倒れたのは、みんなのせいでなく、
私のせいでした。

ナナはいつも私の事をみつめ、私の感情を敏感に感じ取ってくれています。
泣きたい時は慰めてくれたし、怒っている時はなだめてくれてました。

震災後、私はナナとのそんな会話を忘れ不安とイライラを表し、
ナナを安心させてあげる事ができなかった。
“笑う門には福来る”
そんな簡単な事も忘れてた。
旦那さんと喧嘩した後の笑い声をいつも待っているナナに、
笑い声を届けられず、ナナに一番ストレスを与えていたのは私でした。

本当にごめんね!

ナナと二人になり、ナナを抱きながらゆっくりして、
私の心も落ち着いてきました。
お腹の赤ちゃんもポコポコ動いてました。
これからが大変なんだから、前向きでいかなくては!

ナナの状態が落ち着くと、もうひとつ問題がありました。

旦那さんにナナが倒れて動かなくなったとメールをし、
その後、街からかけてきた旦那さんの電話を
アン先生の所の入り口で偶然受ける事ができて、
今から病院で点滴をしてもらうと説明していたのですが、
電話はすぐに切れて、そこから全く電話は繋がらなくなり、
メールの送信もできなくなっていました。
何度トライしてもダメです。
大事な仕事中なのに、どんだけ心配しているか!

ナナが落ち着いて眠ったので
携帯の繋がりそうな所を探して町内をウロウロすることにしました。
携帯のアンテナを睨みながらの移動です。
かなり歩いたところで、アンテナが何本か立ちました。
そこで、送受信をトライしてみると、
かなりの時間をかけて送受信する事ができました。
旦那さんにもナナが無事だったメールを送れました。
同時にかなりたくさんの貯まっていたメールが受信されました。
時間は14時をまわっていました。
旦那さんがメールを受けとれるかはわからないので、電話も試してみましたが、
電話は繋がりませんでした。

後で聞くと、無事を知らせるメールが届いたのは16時頃、
仕事を終えて帰る途中だったそうです。
旦那さんも最悪の結末を覚悟していたそうです。
「帰ったらナナの遺体があり、
その横で泣き続けるまーちゃんがいるかもしれない…」

そんな気持ちで仕事をさせてしまい、
本当に申し訳なかったです。

元気なナナが旦那さんを出迎え、私も元気になっていました。

夜、ご飯が終わり旦那さんとナナになった時、少し泣きました。
本当にナナが無事でよかった。
会社の仲間も元気な顔を見せてくれたらしく、本当によかった。

そうこうしながら、旦那さんがベランダでタバコを吸っている時、
近所の方が「電気通りましたね!」と教えてくださいました。

暗闇から解放され、暖房も戻ったのです!

なんて嬉しい日なんでしょう♪
色々な人のご好意でナナは命拾いをし、
夜にはまさに希望の光が灯った!
きっと明日から頑張れる、復興を目指せる日がすぐにやって来る!

そんな風に思えるのでした。


さて、ナナは本当に元気です。
倒れた日の夕方には、心配して集まってくれた仲間に、
元気にシッポを振りながら「ワンワン」挨拶してました(*^^*)

そして、昨日のナナ、
満面の笑顔です(^^)



「ちょうだい」のヨダレがひどいので、タオルで前掛けされて、
それでも何か欲しくて自分で耳を持ってきたから
つけてあげました>^_^<
バカっぷりも健在です♪

テーマ : ゴールデン・レトリーバーとの生活
ジャンル : ペット

3月12日 生活への不安

仙台でも桜の開花宣言がありました!

雪降る震災から1ヶ月、やっと春の訪れです(*^^*)
街中のガスが徐々に復旧し、飲食店もオープンする所が多くなりました。

桜が満開に近づくように、仙台も元気を取り戻して欲しいものです☆

さて、地震後2日目の日記にもどります。

余震が何度も続く中、不安な夜が明けました。

相変わらず電話やメールは繋がらず、みんなの状況もわからないまま…
旦那さんが出勤する時に、弟マンションに寄ってくれる事になりました。
弟は結局朝までなあちちゃんとは連絡がつかず、一人で一夜明かしたそうです。
メモを残して出勤しようとした瞬間、なあちちゃんに会えました。
一晩お友達の家にお世話になっていたそうです!
本当に無事で良かったあ!

まだまだ余震が続くのに、連絡もままならないので、
みんなで固まっていた方が安心だということで、
電気が通るまではうちに全員で避難してもらい一緒に過ごす事になりました。
9人+ワンの大所帯です。
旅行の予定があり冷蔵庫の中の食材は乏しく、
持ち寄ってもらった物で食い繋ぐ生活が始まります。
これがいつまで続くのだろう?

買い物に出てみても、何時間も並んで何も買えないような状態…
ライフラインが途絶えると、インスタント食品などがまず品薄になりまし。
そして、電池やカセットコンロのボンベなどは全く手に入らず。

でも、大阪の両親が電気屋に並んで、電池をゲットしてくれました。
あとは、アスティをはじめとする近所の友達が、
協力し合って助けてくれました。
ナナのフードも分けてくれたり、手に入った食材もみんなで分け合ったりしました。
情報を交換し合って安心したり、こんな状況でも笑いあったり・・・
あぁ、仲間がいて良かった・・・
心からそう思いました。

しかし!!またまた新たな問題が!!
そうこうしていると、朝は出ていた水道の水が段々細ってきました。
水も確保しなくては!!
ところが、ガソリンの給油ができない事にも気付きます。
買い出しに気軽に行けないんだ(+_+)

当たり前のように思っていた生活が、
一瞬で無くなり、それがいつまで続くのかわからない恐怖…
「大丈夫だ!」って思おうとしても、つい不安に負けてしまうのです。

家の水が出なくなり、庭の水道だけがかろうじて出ていました。
水を貯めておかないと!
自分で動きたいのに親心から、
「あんたは大事なカラダなんやから動かんとき!」
と言われてしまう。
ホントに心配して言ってくれてるのですが、これが大きなストレス…
「妊娠中でもみんな普通に働いているんやから、大丈夫や」
って言っても聞き入れてもらえず、
でも60歳越えてる親達にに肉体労働させてジッとしてるなんて無理~(>_<)

旦那さんが弟一家を連れて戻ってきた時には、
なんだか精神的にグッタリしてしまっていました。

またすぐに暗くなるので早くから食事を済ませますが、
あるものをカセットコンロで調理するのだから、
そんなにちゃんとしたものは食べられないし、絶対的に量が足りない(+_+)
子供らはお腹すくんじゃないかしら?

真っ暗になると、早めの就寝タイムです。
夜になると、私たちは“ゴールデンタイム”と呼んでいましたが、
携帯が繋がる時間帯がありました。
そこで、心配のメールや電話をくださっていた方に返事したり、
モブログで無事の報告だけをアップできたのです。
会社の仲間からも何件か無事の連絡が届き安心したりしました。

でも電源がない中、緊急時に電池は残しておかなくてはならず、
たまたま車中泊で使っていた蓄電タイプのバッテリーで、
辛うじて充電していました。
そのバッテリーも電気量が減り、
いつ無くなってしまうのか…

ナナの生活のリズムもすっかり変わり、たくさんの人がいる生活、
とまどっているはずなのに、
ナナに「大丈夫だよ!」って言ってあげる余裕がワタシにはありませんでした。

そして、ただイライラと不安をいっぱい抱え込んで過ごしてたのです。

テーマ : ゴールデン・レトリーバーとの生活
ジャンル : ペット

3月11日 大震災当日
震災から1ヶ月が経ちました。
まだまだ余震が続きますね
早く落ち着いて欲しいと願うばかりです。

地震後起こった事を自分の記録して書いていきます。
あまり楽しい話ではないですが、
自分達の歴史のひとつとして記録した方がいいだろうと思ったからです。

前にお話したとおり、ワタシとナナは大阪の両親を迎えに秋保に行き、
家に着いたとこでした。

14時46分カタカタと揺れだした家、
「ああ、いつもの地震だ…」と軽く考えていましたが、
その揺れはどんどん大きくなり、また止まるろうとはしませんでした。
ナナを呼んで抱えこみ、抱いたままジッとしてました。

「尋常ではない!!」

阪神大震災も経験しているので、連絡つかなくなる事がわかってたので、
揺れている中でスグに旦那さんに電話を入れたのですが繋がらず。

やっとおさまった時は、観葉植物が倒れたり、
酒瓶から大阪土産の地酒、“呉春”が流れ出たりしていました。
父ちゃんがテレビが倒れないように守ってくれてました。

旦那さんが心配でしたが、
スグに旦那さんからのメールで彼の無事と会社の仲間の無事を確認。
後で聞くと旦那さんがいた所は地盤が弱くかなり揺れたらしく、
電話に出る余裕がなかったそうです。
ヤバいと思いかなり迅速に脱出できたようです。本当に命が無事で良かった!

後は旦那さん母さん、弟家族…
電話とメールは使い物にならず、
旦那さん母さんの家と弟のマンションに車で向かう事に決めました。

すでに停電していたので、ニュースは見れなかったのですが、
うちの外に出ると海を見ている近所の人に会いました。
なんと、20キロ近く離れている閖上やその付近を襲う
あの大津波がうちから見えたのです。
ほんとにゾッとしました。

もし一人だったら、車で出かけるなんてできなかったかもしれない…
でも両親がいてくれたので、使命感から動く事ができました。
ナナと両親を乗せて出発!
信号は止まっていたので、道路も混乱していたけれど、
なんとか旦那さん母さんを拾い、弟のマンションへ。
道は益々渋滞していました。
マンションにたどり着くと、もちろんエレベーターは使えず、
階段で5階まで上がると弟は帰宅していました。
なあちちゃん、Kai&Yumeが無事であると連絡はあったけど、
どこにいるかわからいまま、連絡がつかなくなり
弟一人マンションで待つ事になりました。
真っ暗で余震も続くマンションに一人残すのは不安もありましたが、
弟を置いて帰路へ…

信号のない道を走るのは、なんと不安なものか!
流れに乗って進むしかないのです。

家に着いたらもちろん真っ暗。
アスティママが庭で使っていたソーラーライトを貸してくれたので、
この灯りで夜ごはんの準備をし、
これからどうなるか、不安いっぱいの夜を迎えました。

大阪の両親と翌日から福島に旅行するはずでした。
それが、この被災生活に変わるとは想像もせず。

ナナのフードは無くなりかけていて、この震災当日宅急便で着くはずでした。
ナナの食事が乏しくなっていく。。。
ナナは被災したという事実を認識しないだろうし、
物凄くストレスをかけてしまうのではないか?

私達の食事もどうなっていくのだろう?

実はワタシのお腹の中に赤ちゃんがいて、
(ココで色々ばらしてしまうと、今7ヶ月、出産時は43歳の超高齢出産
無事に生まれたらハッピーサプライズでお知らせするつもりでした
この事実を書かないと、その時の感情とかをうまく表せないので、
予定外ですが、ここでこんな形で発表することにしました)
この赤ちゃんは無事に育つのかという不安…

会社や仲間の生活は守れるのか?という不安…

仙台という街はどうなっていくのだろう…
窓からいつも見えている街の夜景が無く真っ暗で、
どこかの大きな火事の炎だけが赤く光る景色を見ながら、
なんとか眠りについたのでした。



画像は最近撮ったイメージ写真です。

テーマ : ゴールデン・レトリーバーとの生活
ジャンル : ペット

余震(>_<)
びっくりしました
もう、大きいのは来ないと信じてた矢先の昨夜の大地震!
長く揺れたので、このまま又あの地震のように、
大変な事になるのでは
と焦りました。
せっかく日常を取り戻そうとしていたのに
うちでは、ライフラインも全てセーフでしたが、
多くの地域で停電。
海岸近くの方々の津波への恐怖…
自然は容赦ないですね

負けないぞ
東日本大震災
被災してから早くも4週間近くが経ちました。
まるで現実でない世界を生きてる感じで時が流れていた気がします。

電気が通じてからテレビの画像を見ると、本当に身近に起こった出来事だとは信じがたい映像、
そしてこの映像をご覧になった皆さんが、どれだけ心配されているか、
ただ、茫然とするばかりでした。
たくさんの方にご心配をおかけしてしまい、
本当にごめんなさいm(__)m
そして、励ましや応援の言葉を下さった皆さん、
支援物資を送ってくださった皆さん、
本当にありがとうございます!

ナナとワタシはちょうど帰宅したばかりの時にあの大きな地震に合いました。
実は前日から大阪の両親が遊びに来ていて、
秋保温泉に迎えに行って帰った所でした。
大阪の両親も一緒に被災してしまったのです。(両親は3月20日に山形経由で大阪に帰る事ができました。)

ナナ家は幸い岩盤の固い高い所に建っているので、家屋に大きな被害はなく、
3月13日には電気が通じ、15日には水が、27日にガスが通り、
ライフラインは整いました。
食材やガソリンも大分落ち着いてきたので、
ナナも家族もみんな家で元気に暮らしています。

今までに起こった事は振り返って自分の記録として、
少しずつ日記にさせていただきます。
色々な方の愛を感じたこの何週間かでした。
ヒトは一人ではないんですね(*^^*)

私達は少しずつ前に進み、日常を取り戻そうとしています。
もっと大きな被害に合われ、避難生活を強いられている方々が多い中、
この人達を支えていける存在になれるよう努力しなくてはいけないと、
本当に思います。

そして、そうなるために、遠く離れた皆さんの応援がどれだけ心強いか!

これからも見守っていてくださいね(^-^)/
プロフィール

まーちゃん

  • Author:まーちゃん
  • ワンコのなな子は
    東北生まれの東北育ち・・・
    笑顔のかわいい
    ゴールデンレトリバーです♥
    飼い主まーちゃんは
    蕎麦好きの関西人。。。
    毎日ドタバタ
    楽しんでます♪
     
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